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「料理やっててよかった」って、言うほどやってないだろって話

昨日、珍しくムスメから、物乞いではないLINEが来た。笑

 

授業で山菜を扱ったようで、授業後自分で作った

天ぷらが美味いと。

 

なんのこっちゃな話だが、おそらく言いたかったのは

本文にもあった「料理やっててよかった」ってことなんだろう。

 

が、

 

ムスメは言うほど料理が出来るわけじゃない。笑

 

小さい頃からお手伝いさせてます、っていうご家庭の

お子さんはやはり料理上手だが、

我が家はそれほど熱心に手伝わせたことはない。

 

なのになぜだか「私は料理が出来る」という、

「根拠のない自信」で溢れかえっているのだ。笑

 

これも想像だが、たまたま手伝ってもらった時に

一緒に楽しくやったとか、ありがとうって言ったとか、

一緒に楽しく食べたとか、それこそ失敗しても笑い飛ばしたとか、

とにかく料理に対して「いいイメージ」を持っているのかなと。

 

どんなことも「勇気さえくじかなければ」

自信につながるのだ、きっと。

 

たまたま料理に関して勇気をくじかれることが

なかったのだろう。ま、それはともかく、

中学生になってからはツクルでの毎日の生活の中で

実際に力をつけていったと思う。

 

ツクルで作る料理は「ハレとケ」で言うたら「ケ」の料理だ。

地味で気取りがなく、なんならいつも美味しいとは限らない(笑)

毎日家庭で作るような料理。

気負いなく、淡々と作っていたように思う。

 

長々と書いたけど、言いたかったのは、

小さい頃は自分がやったほうが早いから、あんまり

料理をさせてこなかった…からと言って、

だからお子さんが料理が出来ないのだ、と決めつけたり

させなかった自分を責めなくてもいんじゃね?ってことです。

 

大きくなってからだと手先も器用に使えるようにも

なるので、安心して見ていられるし(笑)

実際仕事で忙しい親はそんなにのんびり

見守っていられないはずなので。

 

どのみち、いずれは生きるためにはやることなのでね。

結婚するまで包丁握ったことなかった私でも、

アレルギーっ子を育てられたしね。

大丈夫。

 

 

不登校だってグラデーションなのだ

新入生と保護者、それぞれ別の会場で開催された

入学ガイダンスに参加してきました。

 

宿泊付きのカリキュラムでしたが、我が家は

夫の都合もあり宿泊はせず(っていう選択肢もあったので)、

女子寮の生徒の保護者だけが集まって寮母さんと

共に懇談する時間だけ参加。

移動時間のほうが長かったよ(^◇^;)

 

詳しいことは書けませんが、不登校になる事情は

本当にそれぞれなんだなと実感。

なかなかにヘビーなお話もあって、お気楽な我が家は

なんていうか…

 

「ごめんなさい」って思ったw

(なんで罪悪感みたいなの感じなきゃならないんだ( ̄▽ ̄))

 

「それぞれ」の中には、我が家のようなケースや

あえて学校に行かないことを選んだ、「選択的不登校」の

子どももいると思うんだけど、

同じ不登校の子を持つ家族が集まっても、なんていうか

我が家が異質に思えてしまう…

 

まあその辺はなんとなく想像はついていたし、

「我が家は楽しい不登校でした」っていう自己紹介も

どうなんだとも思いつつ(笑)

我が家のようなケースもあるのだ、ってことは

 

我が家が言わなきゃ伝わらないのだ。

 

そういう仲間に出会おうと思ったら、

やっぱり言うしかないんだろうとも思う。

 

不登校の子もいろいろ。

学校に行ってる子だっていろいろ。

全部ひっくるめてグラデーションのようなものなんだ。

 

専門家の介入が必要なケースももちろんある。

でも、その子の全てが「そういうケース」で作られてるわけじゃない。

好きな食べ物、好きな音楽、好きな世界やなんかで彩られてるはず。

一人の子の中を見てみても、やっぱりきっとグラデーションなんだ。

 

不登校に特化した学校の中でも、孤独?を感じずにはいられないけど

先生とも保護者とも仲良くやっているし、

これからもそうしていくつもりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PTA参加は任意だ。じゃあ「任意」って何だ?

最初に書いておきますが、PTAに参加しない人を

責めているわけではないです。

私はやりたくてやっているし、自分の所属部で

一度も参加出来なかった人について何とも思わないし、

そういう人も大事な部員さんだし、実際そう伝えたし

本気でそう思ってる。

 

PTAは任意参加なのに強制的に参加させられるのはおかしい、

だから私は参加しません、と言うのも正しいと思う。

私もそこはおかしいと思うし、最初は知らなかったから、

そこのところの認知を広げるのも大事なことかと思う。

勇気ある行動で、素晴らしいとも思う。

 

そのうえで、なんかこう、、、、、

いろいろ書こうとしたけどまとまらないのは、

先日のシンポジウムでも明らかになった

「ターゲットを絞れてない」のと同じだなとふと気づいた。

 

PTAの何が問題なのか、については、

その活動って必要?とか、

そのやり方おかしくね?他のやり方あんじゃね?とか、

任意なのに強制参加っておかしくね?とか、

じゃあPTAは無くなってもいいの?とか、

そもそもPTAの存在意義は?

PTAの目的は?

それってPTAじゃないと出来ないことなの?

などなど、色々だと思うのだ。

 

任意だから参加しません、というのは

「任意なのに強制参加っておかしくね?」の部分に

絞って行動を起こした、ってことだよね。

 

個人の出来ることは限られてる。自分の出来ることを

精一杯やってるだけだ。

ただ、それだけでPTAの問題点のすべてが解決するわけじゃない。

 

ああー、だいぶ論点ずれたな…

でも書いてるうちにちょっとピンと来たような…

 

ひとつだけ、私がPTAやってみて感じたことは、

まだまだ「ヒマな人のやること」の域を出ていないなということ。

でも実際はヒマなんかじゃないのにわざわざ仕事休んで

来てる人もいるし、望んでそうしてるならいいけど

そうとも限らないわけで。

 

乱暴な言い方かもしれないけど、忙しい人ほど参加して、

出来ないことは出来ないと言ったり、

やる事をコンパクトにしたりやり方を簡易化したり

しないことにはいつまでたっても

「ヒマな人のやること」でしかなく、「PTAって大変」なまま

変わらない、というのが私の実感だ。

 

実際、今年度の会長は単身赴任のため、ほとんど

役員会に参加されなかった。それでも成り立つのよほんと。

 

ちなみに私のしたことで言えば(私一人でやったわけじゃない)

・誰も手をつけないまま代々引き継がれてきた資料を

ごっそり捨てた

・書類の保管期限を決め、誰でも分かるようにした

・必要のないタスクをひとつ減らした

・飲み会断った(笑)

小さいことしか出来なかったけど、

やらないよりかはましだったかなあ。

PTAについて論ずるより、今やってる人、

これからやる人の余分なタスクをまず減らして、

「あ、それくらいならやれるかも」ってものにしたかったんだ。

 

そうしてPTAに気軽に参加してみて、

PTAってこういう感じ、っていうのをまず掴んで、

それから色々考えようよ、って流れになるといいなって。

 

その結果かどうかは分からないけど、

私の所属部の次年度の希望者は他部門に比べて

多かったみたいなので、

「気軽にやれそう」

って思ってもらえたのならこれも成功と言えるかな?

自画自賛しておこうw

 

高校のPTAはどうしようかな。

私、高速運転出来ないからな…まあなんとかなるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学ぶ」とは、「いつも通るあの店、しまむらっていうのか」と気づくことと似てる

幼稚園バスが通る道に、しまむらがあります。

字が読めるようになったムスメが、そのうち

その店の名前を読めるようになり、行ってみたいと言うように

なりました。

 

行ってみたら、たくさん服が置いてあって、

お気に入りの服を買って、

おもちゃも少しあって、買ってもらえなくて(笑)

 

と、いつも通っていた道に、こんな世界があったのかと

知ることになったムスメなのでした。

 

そうやって少しずつ、

「いつも目にはしてたけど、それが何か知らなかったもの」

の名前を知り、実際に触れて体験し…ということを

繰り返してきました。

 

学ぶこと、勉強することも、そういうことなのかなって

最近よく思う私です。

 

今ここにあるものについて知ろうとする。

それが輪のように波紋のように広がって、

自分の世界が広がる。

自分の住んでいる家、地域、国、星…と

どこまでも広げていける。

 

大人の私でも、いつも通る道のあの会社は何をしてる

ところなのかとか、知らないことはたくさん。

 

だとすれば、学びに終わりなんてない。

知らないままでいることも、

どんどん知ることも、

もっと深く関わることも、

自分次第なんだなって思う。

 

ってなことを、「しまむら〜」と指差すムスメを見て

ぼんやり思う私を思い出してハッとする今ここの私。

学びはつながるどこまでも。

 

 

 

 

 

 

 

風呂が嫌いなので入るのを諦めた件

風呂掃除はムスメの仕事です。

ムスメもそのつもりでいるようです。

 

だがしかし!

取り掛かる時間がいつも遅く、何度も話し合ったものの

改善されることがなく。

 

そこで考えた。

これは誰の課題だ?

 

私は風呂に入るのが大嫌いだ。

いや、ちゃんと入ってますよ。笑

入ってるけど、ムスメの風呂掃除が遅いと

入る時間が遅くなり、余計に面倒になり、

結局その日は諦めて翌朝シャワー、なんてことがよく起きる。

 

ムスメとしては、掃除する時間を遅めにすれば

おのずと湯を張るのも同時にすることになるけれど、

早く掃除を済ませてしまうと後で湯を張ることになり、

(つまり別のタスクが増えることになり)

忘れてしまうから、一度に済ませたいということらしい。

ムスメなりに、自分の責任を果たすために工夫しているわけだ。

 

ここは家族のルールとして、きっちり決めるのも

アリなのかもしれないけど、

まあ早く入れなくて困ってるのは私だけなので、

(つまり私の課題)

「早い時間に掃除してもらう」のではなく、

「早い時間にシャワーを浴びる」ことに(笑)

 

湯船に浸かりたかったら、風呂が沸いてから

改めて入ればよい。

一見面倒に見えますが、これが快適だった!

夕飯の支度の前にささっと浴びてしまえば、

食事の後がめっちゃラク。

ムスメも自分のペースで掃除が出来るので、これぞwin-win!笑

 

今日も自分のタイミングで掃除していました。

ありがとね〜〜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業前夜

結局、3年間の中学校生活のうち、半分ほどしか

行かなかったムスメですが、明日卒業します。

 

私立の推薦入試に合格したので、すでに進学も決まっています。

ムスメのたっての希望で、全寮制の高校へ行きます。

そこで何を学びたいのか、何がしたいのか、

明確なビジョンはないようなのですが、

 

なぜ全寮制にこだわるのか訊くと、

「家に居ると居心地が良すぎるんだよね」とのことです。笑

 

色々と思うところはあるのですが、本人が決めたことなので

よしとしてます。あとはお金か(切実)

 

とりあえずは不登校からも卒業です。

私もたいがい変わった人だと思ってるけど、

そのムスメはもっと変わってた。笑

味わい深い人生だわ。

 

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担任の先生からいただいた、手作りのお守り。

全員分折ったんだろうな…

ムスメを押し上げてくれたたくさんの手に、感謝が尽きない。

色々書きたいことがあるはずなんだけど(書き直してるけど笑)、

なんか思うように書けない。

そんな卒業前夜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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生活するって楽しい。そんな感覚持ってたなと思い出す今

ちょうど今のムスメと同じ年齢の頃、

母と暮らしていた小さなアパート。

こたつに入っていると、台所の小さな窓から明るく

光が差し込んでくるのが好きでした。

 

その頃、トイレや台所も含めて家の掃除や洗濯は

全て私の仕事でした。

(手伝い、ではなく完全に任されていました)

汚れがちな外置きの二層式洗濯機を磨きながら

「生活するって楽しいな」と感じていたのを

はっきりと覚えています。

 

ただ、片づけに関してはあまり得意ではなく、

家でそれだけ家事を任されていたにも関わらず

クラスの男子には「だらしないヤツ」と思われてましたね(^◇^;)

 

大人になって、片づけできるようになりたくて

高いお金払って勉強して、

いつの間にか人んちの片づけしはじめて、

「あれっ私のやりたいことこれだった?」

ってなって、それら全部いったん手放して、

自分の暮らしに集中したら、こうなった。

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って、ビフォーがないから分かんないですね(^◇^;)

家族が「家らしくなったよね」って言ってます。笑

特にムスメがリビングで過ごす時間が圧倒的に増えました。

 

ビジネスとしての「投資→回収」は出来なかったけど、

本来の意味での回収は出来たかな、と思います、やっと。

まだまだ気になるとこはいっぱいですけどね。

でもそれもどうにでも出来ると思ってます。

 

そして、これも一人でやったんじゃなくて、

いろんな人に関わってもらったから出来たことでした。

ほんとにほんとにありがとうございます。

 

来年、どんな年にしていくのか皆目見当もつきませんが、

残り少ない、家族揃って過ごす日々。

今は、暮らしを楽しもうと思ってます。